仕事と私、どちらも諦めない
人生の両立をサポート

はじめまして!
ふじい ちよこ です
誰かに「話す」ことからはじめてみませんか。
こころと身体&キャリア 人生の両立をサポート「ココから保健室 maum hug」人生の両立サポートカウンセラー ふじい ちよこ です。
♦「私が頑張らないと家庭も仕事も回らない」と、すべてを完璧にこなそうとして、疲 弊している・・
♦自ら「助けて」の発信ができない・・
♦家族や周りの人のことを優先し、自分のやりたいことや夢を諦め、正直な気持ちに蓋をして、今を生きている・・ 等
そんなあなたの心の葛藤に深く寄り添い、あなたの内側にある答えを一緒に探して、仕事もプライベートも夢も諦めない、ありのままの人生の両立を叶えるお手伝いをいたします。
こころと身体&キャリア 人生の両立をサポート「ここから保健室 maum hug」
こころと身体そしてキャリアの悩みを言語化して、ここから自分の人生の出発をしてもらうためのみんなの保健室です。
これまで、市町村、産業保健分野、学校保健分野、病院等現場で1万件以上のキャリア相談、健康相談、職場や学校等での人間関係、子育て・介護の相談まで有資格者として多様な場面での相談対応を経験してきました。
この経験をもとに、あらゆる悩みを抱え、1人で苦しんでいるみなさんに利用していただき、ココから、また、人生の出発をしていただいたい思いから、みんなの保健室「maum hug「マウム ハグ」を作りました。
🌸大学病院脳外科・ICU看護師勤務経験あり
🌸結婚退職し、10年間子育てに専念、夫の病気をきっかけに仕事復帰し、市町村役場での包括支援センター立ち上げに従事。町の高齢者の掘起し、介護予防事業に携わる。退職後、看護大学に編入学。在学中に東日本大震災に遭遇し、在学中から被災者支援に関わる。
🌸東日本大震災後、県の被災者健康支援事業に保健師として従事。5年間町内のみなし仮設住宅に入居する被災者のこころと身体の健康支援から個々の自立に向けたサポートを経験。同時にメンタルヘルス不調者への対応のため、心理系大学に入学し認定心理士となる。
🌸現職は働く人のこころと身体の健康を支援する事業に従事。仕事と病気治療等両立支援を担当し、働く人の仕事とプライベートの両立を叶える働き方の相談、事業場訪問、医療機関との連携などに奮闘中。
🌸別途、公認心理師・キャリアコンサルタントの資格を活かし、キャリア相談にも対応中。
🌷これまで、市町村、産業保健、学校保健、病院等現場で対応した相談経験は1万件以上を超える。キャリア相談、健康相談、職場や学校等での人間関係、子育て・介護の相談まで有資格者として多様な場面での相談対応を経験。
🌷行政機関の窓口や職場、友人等、誰にも相談できない方のために、オンラインでの相談にも対応可能。
♦保健師 / 看護師
♦養護教諭一種免許
♦公認心理師
♦国家資格キャリアコンサルタント / 産業カウンセラー
🌸職場や友人、家族、行政機関窓口などにご相談できない方など、諸事情に合わせて、 安心してご相談できます🌸
知っている人には話せない、職場の人や友人、家族には知られたくない方が安心してご相談できます。秘密の保持、個人情報の保護をお約束いたします。
🌸有資格者が担当します🌸
公認心理師・保健師・キャリアコンサルタント等の資格を持つカウンセラーが、ご相談内容に応じて、お一人お一人に丁寧に対応いたします。
🌸オンライン対応🌸
ご自宅にいて、ビデオ通話でご利用になれます。
お仕事をお持ちの方、育児・介護等、外出が難しい、遠方の方でも安心して、ご相談時間が組めます。
このページにご訪問いただきありがとうございます。 私のことをちょっとだけお話したいと思います。
~家族の役に立ちたいと考えていた10代の私~
小学校3年生の時に、同居していた祖母が膵臓がんになり、両親は祖母の病院と仕事、私と弟の世話に家事と、2人の大変そうな姿を見ながら、自分も両親の役に立ちたいと思うようになり、両親の帰りを待ちながら、料理を覚え弟の面倒も見れるようになりました。
幼少期から両親に迷惑や心配をかけまいと、自分でできることは周りをできるだけ頼らず、できるだけ1人でやろうとする子どもでした。
また、祖母の病院で出会った看護師がきっかけで「看護師になりたい」と思うようになり、将来は自立して、親を安心させたいと思ってました。
~人生の大きな決断 仕事か結婚か~
医療短期大学卒業後は、もっと看護学を学びたいといずれ大学編入を視野にいれ、地元の大学病院に就職。
そこで夫と出会い、夫の研修期間を終えるのと同時に夫は実家のある地元に戻ることになり、私は仕事を続けるか、結婚するか人生の選択を迫られ結局、3年間の看護師の仕事に終止符を打ち、24歳で結婚することを選択しました。
専業主婦になり、忙しい夫の支えになることを決意。大好きな仕事も進学も一旦諦め、自分の気持ちも封印することに。
~人生次のステージへ 新しい家族の誕生~
結婚後は夫の実家がある地元へ転居。知り合いもいない新天地で、頼れるのは夫だけでしたが、多忙で帰って来てもぐったりしている夫に、専業主婦の立場もあってか何かと気を遣うようになり、悩みがあっても1人で解決策を探るようになっていました。
また、夫は幼少期から厳しく躾られ、両親の愛情に満たされない中で育った環境から、夫の中には両親との深い溝ができていました。そんな夫が不憫で、夫の両親にも夫にも立てつかず、私が原因で夫に迷惑がかからないように精一杯振る舞い双方に気を遣う日々。
実家にも帰りたいと言い出せず、次第に足が遠のき、夫が不在の時にかける母への電話連絡が中心となっていました。また、心配や迷惑をかけたくない一心で本当の自分の心を誰にも相談できなくなっていました。
夫の仕事の都合で、地元を離れ、誰も知り合いがいない仙台市に転居。2人の娘に恵まれ、4人の生活になっても、夫の家事や子育ての協力はなく、時にはパパにもなってました。
ある日、子どもと1日遊んで、一緒に寝てしまい、夫の夕食がうどんになったことがありました。夫に「お金入れてるよね」と言われ、この人には手を抜くことは許されないのだと確信し、さらにワンオペの沼に自らはまっていきました。
~家族の転機 仕事の再開~
結婚して10年目に夫が目の病気になり、私も10年ぶりに仕事に復帰。町役場での地域包括支援センター立ち上げに関わり町の単身世帯高齢者の掘起しを行いながら、再びやりがいを持って働くことに火が付いてしまいました。
そんなとき、同僚の看護師さんから、背中を押され、学生時代から温めていた看護大学編入を果たし、再び学生生活を送ることになり、ますます、家族に自分のことで迷惑をかけたくない気持ちから、家のことも勉強も頑張りぬこうと自分と約束をしました。
期末試験前は大変だったけど、「頑張ればみたい景色を手に入れられる」と信じこれまで以上に自分に厳しくなりました。
~家族の転機 東日本大震災からの学び~
大学4年生に進級する直前に東日本大震災が起こり、ライフラインなどが一斉に止まり、まさに時の流れも止まったようにでした。私は特に被害を受けなかったものの、仙台市内でも沿岸部の景色が一変。大学の授業再開までの間、被災者支援にみんなが動き出しました。被災地の被災者を受け入れ、寄り添う中で、卒業後は、引き続き県の被災者支援事業を担う保健師となりました。
一方で家族も震災1週間後には、姑嫁の実家のある京都へ避難。50日余りを家族で過ごし、これまでの時間を埋めるかのようにたくさんの話をし、ゆったりとした時間を共有することができました。
夫は、震災を機に生きているこの時間を有効に使いたいと、博士号取得を目的に大学院進学を決意。単身赴任で、勉強と仕事の両立を実現。
娘との生活へと生活スタイルは変わりましたが、心のどこかで緊張感から解放されたほっとする気持ちも生まれてました。
私は夫に負担をかけないよう家のことはさらに1人で頑張るようになり、家族として頼って欲しいそんな期待もありました。また家族を陰で支えることが私の役割だと本気で思っていました。
~家族の転機 自立への一歩 人生の新たなステージへ ~
大学院卒業の良き日に夫から突然離婚を言い渡され、理由もよくわからないまま、その日を境に敵視するかのように、単身赴任中の夫から執拗に誹謗中傷のメールが毎日送られるようになりました。流石にほぼ毎日送られてくるメールの内容は、自分の人生をかけて家族のためにと1人頑張ってきたこれまでの自分自身が全否定されたようで、夫に意見することは愚か、これまでと変わらず不本意ながら黙って従うことしかできなかったのです・・・。
結局、20年間の結婚生活に終止符が打たれ同時に誹謗中傷メールもピタリと止まりました。何もせずとも1日幾度も涙が自然にこぼれていました。
胸が締め付けられ、2人の娘への申し訳なさでいっぱいになりました。娘の親権は社会的信頼のある夫にお願いし、身の回りの生活面のことは私が担うことになりました。
養育費も生活費も夫からの援助はなく、娘を路頭に迷わせない一心で、目の前の現実を受入れ、仕事もこれまでのパートではなく、フルタイム勤務に変え、いろいろ考えている間もなく5年間がアッという間に過ぎました。それでも何とか娘2人も大学進学をするこができました。
転職した今の職場では上司のモラハラに遭い、「このままいなくなりたいなー」と考えることもあるくらい人生で初めて仕事に行くことが辛いと思いました。
職場でも結局、自分の言いたいことを上司には言えず、辛い気持ちを飲み込むことしかできなかった私・・。
パワハラが法制度化され上司も異動になり救われたものの、この上司以外にも8年間折り合いの悪い同僚との関係性に悩み、仕事のやりづらさや職場環境での居心地の悪さを抱きながらも、同僚に強く主張されると、自分の意見を飲み込んで、同僚を目の前にすると言葉がスムーズに出てこない・・。
我慢が重なるこの職場を「辞めたい」と毎日考えるようになり、辞めたい気持ちがどんどん膨らんでいったものの、辞める勇気が出せませんでした。仕事の内容や外部関係機関の人と繋がる喜びがこの職場にいる唯一の理由となりました。
一方で子どもたちを路頭に迷わせたくないことがあり、それを理由に退職に踏み切れず、挑戦よりも安定を選んでいる偽りの自分が、新たな挑戦への行動の一歩にブレーキをかけていました。
~傍にいて支えてくれてありがとう~
どんなことがあっても、「娘を幸せにする」と決めた私に生きる勇気をくれたのは、2人の娘でした。
そして娘に「これからは自分のことを一番に考えて幸せになってよ」「これからはやりたいことを我慢せずやっ て欲しい」と言われ、幼いと思っていた娘と対等に悩みや思いを話せるまでになったことを実感。
ここまで無我夢中でやってきて、不満も言わず黙って私についてきてくれた娘に感謝。
振り返ると、私は家族のために何ができるかを常に考え、時間も労力もそのために費やす家族優先の人生でした。
「これから自分のことを優先して」と言われ、自分は何がやりたいのか、しばらく考えてこなかったことに気が付いたのです。だから、今更、自分優先で何をしたらいいのかわからなかった・・。
時間や家事労働を捧げることが使命だと勝手に思い込み、何も疑わず、夫の俺様の振舞いにも波長を合わせてきた自分。
最近になって、夫にとって都合よく雑用をやってくれる家政婦にしか映っていなかったのではないか。
夫の本心は自分のことだけに目を向けてもらいたかったのか。夫婦2人だったら状況は変わっていたのだろうか。
うちには実は子どもが3人いたのだと今になって気が付きました。
今となっては叶わないけど、もっと、夫を怖がらず、不安を先読みせず、ありのままに自分の意見や家事・育児を協力してもらえるような「助けて」の一言が言える勇気が出せていたら、家族のあり方が今とは変わっていたのかもしれない・・。
1人でどんなに頑張っても、家族含めてハッピーエンドとは限らない。
それなら、早めの「HELP」を出して、みんなで 助け合ったほうが、何倍も捗るうえに、相手に感謝と労いを抱くでしょう。
頭で理解していても「助けて」の一言がなぜあの時言えなかったのだろう・・。
~推しとの出会いが私の人生に色を付けた~
プライベートや職場の人間関係に藻掻き苦しんでいた頃、「LoveMySelf」と発信してくれた次世代の若者たち。その言葉は、周りに自分の本音をぶつけられない偽りの人生を生きているまさに、今の自分へのメッセージのようだった…
「LoveMySelf」は、そんな周りを優先し、後回しの自分がずっと嫌いだった自分を覚醒させる言葉でした。
「自分をもっと大切にしてほしい」「一緒に乗り越えていこう」といったメッセージを堂々とありのままに発信する彼らに、これまでの失敗や後悔でできた傷跡も含め、すべてが自分なのに、そのことを隠して周りに強がってよく見せようとするもう1人の自分がいる・・。
どんな自分もすべて受入れ、そして誰よりも先に「自分を愛すること」を教えられたのです。
自分の弱さや、ありのままの素直な気持ちを代わりに言葉にして発信してくれる大切な存在として、彼らは私の「推し」 となりました。
どんな自分も愛してあげるには、どうしたらいいか。「LoveMySelf」は私の永遠のテーマです。
かわるきっかけは ~東日本大震災で出会った被災者からの学び~
被災後からの5年間、県の東日本大震災被災者支援事業に関わり被災者の声に耳を傾け、震災で何もかも失った現実があっても、1日も早く元の生活を取り戻そうと、仕事も家事も子育てもこれまで以上に頑張る女性を中心に、多くの本音を聴く機会がありました。
また、時間の経過とともに、喪失感から抜け出せず、周りから孤立していく男性被災者の方々にも出会いました。
被災者の方を通し、住み慣れた家も、大切な家族も仕事までも失い、悲しさや苦しさでいっぱいのはずなのに、被災者のゼロからでも生きようとするパワーはどこから来るのだろう?
支援者のはずが、被災者の方から逆にパワーをもらっていました。
生きていれば、ゼロスタートでも失敗してもまた、いくらでもやり直せばよいことを教えてもらいました。この被災者支援は私の人生の大切な経験の1ページとなりました。
例えば
・家のことも、子育ても仕事も、私が頑張らないと・・
・親も遠方だし、誰にも頼れない
・夫も仕事が大変だから、子どもや被災した親の面倒をみなくては・・
・私がやらないと誰も代わりはいない・・
・被災後、親の身体が病弱になって、実家と仮設住宅の往復で負担が大きくなった・・
・子どもの障害があることがわかって、子育てへの不安が大きくなった・・
・仕事が続けられるか心配・・等
~現職で、1人で頑張りすぎている人がたくさんいることを知りました~
現職においても、これまでの仕事とプライベートの両立の困りごとに耳を傾け対応する中で、フルタイムで、勤務 時間内目いっぱい、自分に無理を強いながら働き、「休みたい」「休憩を取りたい」「仕事をセーブしたい」と相談したいが、
周りに迷惑をかけてしまう、自分の仕事だから、責任もって最後まで自分がやらなければといった使命感から「自分勝手なべき思考」に苦しんでいる人が一定数いることを実感・・。
例えば・・
・病気のことを言ったら辞めさせられるのでは?と誰にも相談できず悩んでいる。
・家庭に戻っても子育て、親の介護、家事などいろんな役割を一気に背負い、自分自身のこと
も後回し。1人で疲弊し、日常が回らなくなっている。
・子どもや親の介護を理由に度々休むことが原因で、周りから誤解され、誰に相談できずに居
場所を失いかけている。
・仕事を続けながら、さらに家事、育児、介護、病気治療などを抱え、家族や職場等、周りに
迷惑をかけたくない遠慮や、言っても仕方がないと諦めの気持ちから、自分のやりたいこ
とに封印し、我慢し続けている生 きづらさを抱える人がいることに気が付いた。
また、自分自身もその1人であることにも・・。
~これまでの経験からの気づき~
本業で専門職として相談者に寄り添い、目の前の方の課題のサポートができても、自分自身の思考の変化や自分の愛し方については、まだもやもやして、こんな不安定な心の状態の自分に本当に人助けができる確信が持てずにいました。
そんなとき、「内観コーチング」に出会い、自分の中の「完璧主義の潜在意識」に気づき、「私がすべて頑張らなければ」思考のマインドブロックを外す体験が、その後の自分を優先し、頑張った自分のことを褒めたり、大切にする「マインドハグ」の習慣化に繋りました。
私自身が、「1人では何もできないんだ!」と周りから思われたくない・・
「なんでも完璧にこなさないとダメだ!」と思い込み、完璧主義から抜け出せず、
何もできない自分、失敗する自分を許すことができなかったのです。
この体験を、通常の相談業務やカウンセラーとしてのスキルに繋げ、もっと多くの人に体感してもらい、仕事もプライベートも、自分のやりたいことも諦めない人生の両立をサポートしたいと思うようになりました。
こんな人ほど私を頼ってほしい!
そしてお伝えしたいことがあります♡
「自分がすべてやらないといけない」
「みんな大変だから自分のことで迷惑をかけないように、1人で頑張らなきゃ」
と誰にも相談できず、1人で抱え込み、自分でやれる限界まで頑張ろうとしている人
に「HELP」を出す自分を許して欲しい。
自ら「助けて」を発信できない人に自分をこれ以上、犠牲にしても自分も周りも幸 せにはなれないし何も得られないこと。
完璧でない自分を許して、自分のことを大好きになって欲しい。
