仕事と私、どちらも諦めない
人生の両立をサポート

はじめまして!
人生の両立サポートカウンセラーの
ふじい ちよこ です
誰かに「話す」ことからはじめてみませんか。

自己紹介

こころと身体&キャリア 人生の両立をサポート
「ココから保健室 maum hug(マウムハグ)」
人生の両立サポートカウンセラー
ふじい ちよこ です。
♦「私が頑張らないと家庭も仕事も回らない」と、すべてを
完璧にこなそうとして、 疲弊している・・
♦自ら「助けて」の発信ができない・・
♦家族や周りの人のことを優先し、自分のやりたいことや夢
を諦め、正直な気持ちに 蓋をして、今を生きている 等
そんなあなたの心の葛藤に深く寄り添い、
あなたの内側にある答えを一緒に探して、
仕事もプライベートも夢も諦めない、
ありのままの人生の両立を叶えるお手伝いをいたします。
こころと身体&キャリア
人生の両立をサポート
「ここから保健室 maum hug(マウム ハグ)」
『ココから保健室maum hug(マウム ハグ)』は
こころと身体そしてキャリアの悩みを言語化して、ココから
自分の人生の出発をしてもらうためのみんなの保健室です。
これまで、市町村、産業保健分野、学校保健分野、病院等
現場で1万件以上のキャリア相談、健康相談、職場や学校等での人間関係、子育て・介護の相談まで有資格者として多様な
場面での相談対応を経験してきました。
この経験をもとに、あらゆる悩みを抱え、1人で苦しんでいるみなさんに利用していただき、
ココから、また、人生の出発をしていただいたい思いから、『ココから保健室maum hug(マウムハグ)』を作りました。
もう少し詳しい、プロフィール
このページにご訪問いただきありがとうございます。
私のことをちょっとだけお話したいと思います。
「家族の役に立ちたい!」から始まった、私の自立と決意
~「私、大丈夫だから・・」頼ることを諦めた10代~
生まれた頃から、父方の祖父母、両親、3つ下の弟と
先祖代々引き継がれた家で育ちました。
隣町には、父方の親戚や母方の実家、姉妹もいて、
よく自宅に人が集まっていました。学校から
帰ると祖父母もいて、「おかえり」と迎えてもらい、
両親も一緒に事業をしていたので、夕方一緒に帰ってきて、
家族みんなで食卓を囲み、湯気の向こうで交わされる
何がない会話を楽しむ毎日。
それがずっと続くと信じて疑わなかった、私の「当たり前」でした。
小学校3年生の時に、同居していた祖母が膵臓がんと診断
されたのです。
両親は祖母の病院と仕事、私と弟の世話に家事と、これまでの生活が一変しました。疲れた背中で帰ってくる父。
笑顔を作り切れない母の横顔。両親の大変そうな姿を
見ながら、「私も自分も両親の役に立ちたい」と思うように
なり、喜んでもらえる顔を想像しながら、慣れない手つきで料理を覚え、弟の面倒も見て暗くなる窓の外を眺めながら、弟と一緒に両親の帰りを待つのが定着していきました。
友達に時々、「遊ぼう」と誘われても、頭に浮かぶのは
弟の顔。「ごめんね。また今度ね」
その言葉が私の口癖になっていきました。
やがて、祖母を、続いて祖父を見送り、幼い私の心には、
ある思いが深く根を張っていきました。
「これ以上、迷惑をかけたくない」
「心配をかけたくない」
自分でできることは、誰にも頼らず、1人で頑張ろう・・。
それが、呼吸をするのと同じくらい”当たり前”になって
いったのです。
手放した夢と、選び取った未来
~「私の人生、これでいいのかな・・」
夢と現実の間で揺れる人生の大きな決断 ~
祖母を見送った経験は、一つの願いへと変わりました。
「今度は、誰かの命に寄り添える人になりたい」と
私は看護師を志し、地元の大学病院へ就職。
周りの「ありがとう」の言葉に励まされる日々。
そこには、自分の手で選び取った未来が確かにありました。
「3年後に看護大学へ編入しもっと学びたい」
そんな夢も、胸に灯していました。
そこで出会ったのが夫でした。夫の研修期間を終えるのと
同時に彼の地元への帰郷が決まり、
私の前に、大きな分かれ道が現れます。
仕事を続けるのか。あるいは結婚を選ぶのか。人生の選択を迫られ結局、3年間の看護師の仕事に終止符を打ち、
24歳で結婚することを選択しました。

見知らぬ街で、自分を置き去りにした日々
~ 「私さえ我慢すれば・・」と言い聞かせ、
自分の気持ちに蓋をした ~
結婚を機に、私は夫の地元へと移り住みました。
知り合いは一人もいない。土地勘もない新しい街。
頼れるのは夫だけでした。
その夫も、仕事に疲れ果て、「これ以上、負担をかけては
いけない」と私は気を遣い続けました。
結婚後は、夫の両親の希望もあり、多忙な夫を家庭で
しっかり支えることを役目と決めて専業主婦に。
大好きな仕事も進学の夢も、本当は手放したくなかった
ことを、心の底ではわかっていたのです。
でも・・「これでよかったんだよね」
そう言い聞かせながら、
私はまた、自分の本当の気持ちに「蓋」をしたのです。
幼い頃、「自分のことは後回し」を覚えたあの時のように、
今度は”妻として”、”嫁として”、
私は、もう一度、自分の想いを、心の奥底へと
仕舞い込みました。
夫は、幼いころから親の愛情に満たされずに育ち、
両親との間に、深い溝を抱えていました。
その傷を思うと、私は内も言えず、双方の顔色をうかがい、
薄い氷の上を、息をひそめて歩くような毎日を
送っていました。
「心配かけたくない」その想いが積み重なるほど、本当は
自分の心を誰にも打ち明けられなくなっていきました。
やがて、夫の転勤で見知らぬ仙台へ転居。2人の娘にも
恵まれても、夫が家事や育児に手を貸すことはなく、
私は”母親”であり、時に”父親”の役まで
一人で背負いました。
また、夫のことを思うと、気軽に実家に帰省したいと言い
出せず、次第に足が遠のき、夫が不在の時にかける母への
電話連絡が中心となっていました。また、心配や迷惑を
かけたくない一心で本当の自分の心を誰にも相談できなく
なっていました。
ある日、子どもと1日遊んで、一緒に寝てしまい、夫の夕食がうどんになったことがありました。
夫は静かに、けれど突き刺すように言いました。
「お金入れてるよね」その一言が、胸に冷たく刺さりました。
ああ、この人には手を抜くことは許されないんだーと確信。
助けを求めることも、本音を言うこともできず、私は自らの
手で、ワンオペという深い沼へと沈んでいったのです。

10年ぶりの復帰、10年越しに掴んだ夢
~ 「諦めなくてよかった!」 心の奥で、
消えなかった本当の私 ~
結婚10年目、夫が目の病気を患いました。
心配で胸が締め付けられる一方、
その出来事は、私に思いがけない道を差し出してくれました。
「この私が働けるかもしれない・・」10年ぶりの仕事復帰
不安よりも、抑えきれない”わくわく感”が沸き上がって
きました。どれほど、この日を待ち望んでいただろう。
24歳で手放したはずの夢は、消えてなどいませんでした。
ずっと私の中で、この瞬間を待っていたのです。
地域包括支援センターの立ち上げに携わり、一人暮らしの
高齢者宅を訪問する日々。
かつて祖父母と暮らした経験が、誰かの役に立っていく。
消えかけた小さな夢の灯が、もう一度燃え上がって
いきました。
職場の看護師の同僚に背中を押され、学生時代からの
夢だった看護大学への編入も実現。
「もう諦めなくていいんだー」と涙がにじんできました。
普段は、家事や子育てに無関心な夫も、私の大学進学には、無言で学費や教材費を支払い、子どもたちには
「お母さんはとっても頑張っているんだぞー」と
話してくれました。
不器用な彼なりの精一杯の愛情表現だったと、今は思えます。
家族に自分のことで迷惑をかけたくない気持ちから、
家のことも勉強も頑張り抜こうと自分と
約束をしました。
また、期末試験前は大変だったけど、
「頑張ればみたい景色を手に入れられる」と信じ、
これまで以上に自分に厳しくなりました。

20年の歳月が消えた日
~ 「強い母」を演じ続けた限界 ~
東日本大震災を経験した夫は、生きているこの時間を有効に使いたいと、博士号取得を目指し、単身赴任へ。
私は娘たちと暮らしながら、家のことを一人で背負い、
夫に対し、
「もっと信頼してほしい」
「もっと頼って欲しい」
と願っていました。
そして迎えた夫の大学院卒業の日。
本来なら喜びを分かち合うはずのその日、
夫は私に突然告げたのです。
「離婚してほしい・・」
理由もわからないまま。
その日を境に、単身赴任先から、私を責め立てるメールが
毎日届くようになりました。
執拗なほどのメール着信音が怖くなっていました。
人生をかけて家族に捧げてきた20年間が、数文字で
崩れていく。
それでも私は、言い返すこともできず、ただ黙って
飲み込みました。
20年間の結婚生活は、呆気なく幕を閉じました。
何もしていないくても、一日に何度も涙がこぼれ、
涙が枯れるまでに、4年も5年もかかりました。
娘たちの親権は、夫に託し、私は生活費、養育費も
生活費もない中、「娘だけは路頭に迷わせない」とパートから
フルタイムの働き方へ、無我夢中で走り続けました。
通勤電車で涙をこらえきれず、何度も途中下車したことも。
それでも家では、涙を拭い、「大丈夫だよ」と”強い母”を
演じました。
さらに転職先では上司のモラハラ、同僚との人間関係不和。生まれて初めて「消えてしまいたい」と思うほど、
仕事に行くのが辛くて、辛くて・・。
この状況にあっても、私は、言いたいことを飲み込むこと
しかできなかったのです。
偽りの自分のまま、一歩も踏み出すことすらできないほど、
心身は疲弊し限界でした。

娘の言葉に涙した日、「私」の人生がもう一度始まる
~ 「お母さん、もう自分のために生きて」 ずっと
自分を後回しにしてきた私への贈り物 ~
家庭だけでなく、新しい職場でも次から次へと押し寄せる
人間関係の不和。容赦なく私を飲み込んでいく試練の波の
中で、心はとうに限界を超えていました。
それでも、私が「消えてしまいたい」と
崩れ落ちずにいられたのはー
「この子たちを絶対に幸せにする」とそう決めた、
2人の娘の存在と、いつも変わらない
2人の笑顔でした。
ある時、大学生になった娘たちから、
「お母さん、これからは自分のことを一番に考えて、
幸せになってよ」
「これからは、やりたいことを私たちのために我慢せずに
やって欲しい」
その言葉に、私は言葉を失いました。
いつの間にか、私と対等に、悩みや想いを話せるまでに
なっていた娘たち。
ここまで、無我夢中でやってきて、不満一つ言わず、
黙ってついてきてくれた娘たちへの、
感謝の思いが溢れました。
それと同時に、私ははっと、気が付いたのです。
振り返ると、私は常に「家族のために何ができるか」
を考え、時間も労力もそのために費やす家族優先の人生
でした。
「ここから自分のことを優先して」
と言われても、自分は何がやりたいのかしばらく考えて
こなかったことに気づき、
何をしたらよいのかわからなくなっていたのです。

~内観コーチングとの出会い~
娘の言葉にこれまでの自分の人生を回想し、
そして、はっと気が付いたのです。
私は、あまりにもあまりにも長い間、
「自分」を後回しにしてきたのだと。
そんな時期に出会ったのが、「内観コーチング」でした。
自分の心の奥にある潜在意識を書き換え、
嫌いな自分と向き合ったことで、気が付きました。
私の心のなかには、
「完璧でなければならない」
「私がすべて頑張らなければ」
と幼い頃から背負い続けた、「完璧主義」と「自己犠牲」の
鎖がありました。
「内観コーチング」はそのいくつもの重い鎖を、一つ、また一つと外してくれました。
私自身が、「1人では何もできないんだ!」と周りから思われたくない・・
「なんでも完璧にこなさないとダメだ!」と
思い込み、完璧主義から
抜け出せず、何もできない自分、失敗する自分を
許すことができなかったのです。
「助けて」が引き寄せた「ありがとう」のぬくもり
~ 初めて「助けて」と言えた、あの日 ~
頭ではわかっていても、これまでの人生の中で、
こびりついた”一人で頑張るクセ”は
そう簡単には消えません。
「助けて」のたった3文字。それなのに、
いざ口にしようとすると、喉の奥がぎゅっと締め付けられ、
言葉はいつも途中で引っ込めてしまうのです。
「内観コーチング」で、小さく萎縮した心の自分と
向き合ったところ、
心臓が飛び出しそうなほど、ドキドキしながら、
私は、生まれて初めて、目の前のコーチに打ち明けました。
「もうしんどい・・。一人では、もう無理。助けて・・。」
と言った瞬間、涙が溢れ出しました。
止めようとしても止まらない。
これまでの人生での我慢が、いっぺんにこぼれ落ちていく
様でした。
身体からすーっと力が抜けて、ふわっと力が抜けていくのを感じることができました。
呼吸もこんなに深くできるものだったのかと、驚きました。
この時コーチにありのままの自分の本音を打ち明けたことで
ああー、私一人で頑張らなくてもよかったんだーと。
改めて気が付きました。
重い心の鎖が外れた瞬間でもありました。
私は生まれて初めて、
「助けて!」と、周りに声がかけられたのです。
ずっと、”強い母”の仮面をかぶってきた私が、
初めて、素顔のまま、「助けて!」が言えるように
なっただけで、私の世界はこんなにも変わりました。
「助けて!」は、弱さではなく、
幸せに扉を開ける勇気の言葉だったのです。

~母への感謝の手紙~
「助けて!」が言えた私は、これまで、言えなかった
周りへの「ごねんね」も「ありがとう」も
自然と素直に口をついて出せるようになったのです。
そして、足が遠のき、いつしか帰れなくなっていた実家の母に一通の手紙を書きました。
帰省し、震える声で、一文字ずつ、母とそして、亡き父の仏前で読み上げました。
長い長い間、心に引っかかっていた親への遠慮が、
その瞬間、すっと、溶けていくのがわかりました。
母に手紙を読んだ父のお墓の前で、母から、
「子どもの頃から我慢させていたのは、わかっていたよ。
ごめんね」
これが、私が待ち望んだ母からの労いの言葉でした。
それからは、定期的に帰省し、母にもありのままの気持ちを、自由に伝えられるようになりました。
そして何より、
「助けて!」と言える自分をようやく、
許せるようになったのです。
一人で頑張らない。みんなで選ぶハッピーエンド
~ 我慢は弱さではなく、優しさの証 ~
鎖が外れたとき、私は生まれて初めて、
自分に声がかけられました。
「ここまで本当によく頑張ったね」
「もう無理に我慢しなくていいんだよ」と。
それが、私が続けている自分のこころを抱きしめる習慣です。
♦迷惑を掛けたらどうしよう・・
♦弱い人だと思われたらどうしよう・・
♦断られたら、もっと惨めになる・・
そんな時は、
「ここまで、本当によく頑張ったね。」
「もう無理しなくていいんだよ」 と
自分を後回しにするのではなく、
自分を一番に、頑張った自分を褒めて、
自分の心を抱きしめて大切にする。
「自分のこころをそっと抱きしめる習慣」を取り入れています。
「助けて!」がずっと言えなかったのは、
私が弱かったからではない。
大切な人を守ろうと、一人で頑張ってきたやさしさの
証だったのだと。
「内観コーチング」を通して気づくことができました。
一人でどんなに頑張っても、家族みんながハッピーエンドを
迎えられるとは限りません。
早めに「助けて」のサインを出しみんなで助け合ったほうが
何倍も物事はうまくいき、お互いに感謝と労いが
生まれるのです。

~ 一人で頑張りすぎているあなたヘ ~
対人支援の今の職場で、
かつての私と同じように、「私が頑張らなければ」と、
一人で抱え込んでいる人が、なんてたくさんいることに、
私は気づきました。
「助けて!」が言えず、自分を後回しにしてきた人生を送ってきた私だからと考え、何かできることがあるのでは・・と。
私を救ってくれた体験を、今度はあなたのためにご用意
したいと思います。
私は、カウンセリング・内観コーチングの専門知識と、
自分自身がどん底から這い上がった経験のすべてを込めて、
「人生の両立サポートプログラム」をお届けしています。
仕事も、プライベートも、あなたご自身のやりたいことも、どれも諦めなくていいのです。全部、大切にしていいのです。

~ こんな方こそ、どうか私を頼ってください ~
「自分がすべてやらないといけない」
「みんな大変だから自分のことで迷惑をかけない
ように、1人で頑張らなきゃ」と
誰にも相談できず、1人で抱え込み、
自分でやれる限界まで頑張ろうとしている人
「助けて」の一言がどうしても言えない・・
一つでも胸に響いたなら、
それは、あなたが弱いからではありません。
あなたが、それだけやさしくて、誰かを大切に思ってきた
証なのです。
だからこそ、あなたにお伝えしたいことがあります!
完璧でない自分を許して、
自分のことを大好きになって欲しい♡
「HELP」を出す自分を、どうか許してあげてください。

こんな人ほど私を頼ってほしい!
そしてお伝えしたいことがあります♡
これ以上、自分を犠牲にしても、あなたも、大切な人も、
幸せにはなれません。
完璧でない自分を許して、そのままのあなたを、
大好きになってください。
想像してみてください!
「助けて!」と素直に言えて、肩の荷がふっと軽くなった、あなたを。
これまで固く緊張していたお顔が、内側からやわらかく
ほどけて、鏡の前で、自然と笑っている、未来のあなたを。
頑張った自分を「よくやったね」と抱きしめてあげられる。
やりたいことを我慢せず、心から笑って過ごしている
あなたの姿を。
それは、決して、手の届かない先の夢ではありません!
かつての私が、そうであったように、あなたも必ず、
そこへ辿り着けます。
一人で背負ってきた荷物を、そっと下したとき、
あなたは初めて、
自分自身のための人生を歩き始められるのです。
私自身も、この体験を、通常の相談業務やカウンセラーとしてのスキルに繋げ、もっと多くの人に体感してもらい、
仕事もプライベートも、自分のやりたいことも諦めない
人生の両立をサポートしたいと思うようになりました。
人生には、嬉しいことだけでなく、辛い選択、予期せぬ
挫折、誰にも言えなかった葛藤など、さまざまな出来事が
あります。
過去の大切な、一つひとつの出来事を振り返り、
「あの経験があったから、今の自分がいるんだ」
「あの辛い時期は自分が成長するための節目だったんだ」と
自分の人生をひとつの「ストーリー(物語)」として再構築
することで、あなた自身も、
「本当に重いものを背負ってよく頑張ってきたな」と、
過去の自分をねぎらい、許し、受け入れる(自己受容する)機会となります。
これからは誰のためでもなく、
「自分のためにどう生きたいか・・」
私と一緒に新しい一歩を踏み出しませんか。
『人生の両立サポートプログラム』をたくさんの方に体験してもらい、幸せな毎日を過ごしていただきたいと思います。
~ ココから保健室maum hug(マウムハグ) ~
ココから保健室maum hug(マウムハグ)は
こころをそっと抱きしめる場所。
ここでは、誰にも言えなかった想いを、
安心して吐き出せます。
頑張りすぎたあなたを、誰も責めたりしません。
かつての自分に寄り添うように、
ココから保健室maum hug(マウムハグ)は、
あなたの側に寄り添います。
いきなり、大きな一歩でなくて構いません。
まずは、その扉をそっとノックするだけでいいのです。
「ちょっと、話を聴いてほしい」
その小さな勇気が、あなたの人生を変える、
はじまりの一歩になります。
「一人で頑張ってきた、あなたへ。」
もう、大丈夫。ここから先は、一人じゃありません。
さあ、あなたの「HELP」を、私に聴かせてください。
完璧じゃなくていい。頑張り過ぎなくていい。
あなたが、あなたのまま幸せになる、
その一歩を、ココから保健室maum hug(マウムハグ)からはじめてみませんか。

経歴・実績紹介
🌸大学病院脳外科・ICU看護師勤務経験あり
🌸結婚退職し、10年間子育てに専念、夫の病気をきっかけに
仕事復帰し、市町村役場での包括支援センター立ち上げに
従事。町の高齢者の掘起し、介護予防事業に携わる。
退職後、看護大学に編入学。在学中に東日本大震災に遭遇
し、在学中から被災者支援に関わる。
🌸東日本大震災後、県の被災者健康支援事業に保健師として
従事。5年間町内のみなし仮設住宅に入居する被災者の
こころと身体の健康支援から個々の自立に向けたサポート
を経験。同時にメンタルヘルス不調者への対応のため、
心理系大学に入学し認定心理士となる。
🌸現職は働く人のこころと身体の健康を支援する事業に
従事。仕事と病気治療等両立支援を担当し、働く人の仕事
とプライベートの両立を叶える働き方の相談、事業場訪問
医療機関との連携などに奮闘中。
🌸別途、公認心理師・キャリアコンサルタントの資格を
活かし、キャリア相談にも対応中。
🌷これまで、市町村、産業保健、学校保健、病院等現場で
対応した相談経験は1万件以上を超える。キャリア相談、
健康相談、職場や学校等での人間関係、子育て・介護の
相談まで有資格者として多様な場面での相談対応を経験。
🌷行政機関の窓口や職場、友人等、誰にも相談できない方の
ために、オンラインでの相談にも対応可能。
保有資格
♦保健師 / 看護師
♦養護教諭一種免許
♦公認心理師
♦国家資格キャリアコンサルタント / 産業カウンセラー
「いきなりコース申し込むのは不安・・」
という方のために、
『オンライン無料体験セッション』を
ご用意しています。
「ココなら話してもよさそう」と
感じていただけるかどうか、一緒に確かめる
ための小さな一歩です。


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